小説
2050年、三つの帝国が影を落とす列島
(文体:村上春樹風)
<序>
2050年の今、かつて「日本」と呼ばれた国は、もうどこにもない。九月の夜、窓の外で雨が降る。細かい、音のない雨だ。かつてこの島々では、夏の終わりに誰もがアサヒビールを飲み、テレビで野球を見ていた。あの頃の空気は、僕たちの記憶の中でだけ生きている。
かつて「平和国家」と呼ばれたこの列島は、ロシア、中国、アメリカという巨大帝国の衛星国に三分割された。地政学的に見れば、三大帝国の間に挟まれた日本がこうして引き裂かれるのは自然な成り行きだったのかもしれない。
すべては2020年代の「第二次台湾危機」と「北海道封鎖」から始まった。戦争も革命もなかった。ただ、静かに、だが確実に、外から切り取られていった。銃声も、叫び声もなかった。軍隊の軍隊が北からも南からもやってきて、誰かが判を押した。それだけで、島は三つの色に塗られた。
三十年くらい前、雑誌に小さな数字が載っていた。「この国を守るために戦うか」と聞かれて、一割だけが「はい」と答えた。世界で一番少ない数字だ。50歳の僕は思う。あの数字を見た時、すでに何かが終わっていたんだ、と。
第二次トランプ政権が日米安保の放棄を突然かつ一方的に宣言し、空いた隙間にロシアと中国の影が忍び込んだ。日本が分割されてできた三国には、それぞれの「宗主国」からレンタルした核兵器が配備され、奇妙な均衡が保たれている。
部屋の隅で、ビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」が小さく流れている。僕はそのメロディに耳を傾けながら、かつての夏を、消えた名前を、そっと抱きしめる。
<北の壁──「エミシ(Эмиши)民主主義人民共和国」>
2026年、ロシアが北海道に「ロシア系住民の保護」を名目として軍を入れてきた。ロシア系住民なんて、ほとんどいなかったのに。日本政府は、すかしっ屁みたいな「遺憾砲」を発した以外は、何もできなかった。
クリミア戦争や露土戦争を経ても、温暖化で不凍港の可能性が広がっても、ロシアの南下政策の足音は止まらなかった。かつての北海道は、今やロシア極東の延長だ。
分断が起きる直前のクリスマスイブの夜を、僕は今日も思い出す。東京の小さなアパートで、僕は彼女とパスタを茹で、一緒に食べて、一緒に眠った。ポール・マッカートニーの「イエスタデイ」が静かに流れていた。
彼女は分断のその時、偶然にも北海道にいた。それ以来、僕が彼女の声を聞くことはなかった。孤独感が、まるで酸みたいに、何年もかけて僕の心をゆっくり溶かした。
札幌の街ではロシア語がささやかれる。道路標識はキリル文字に変わり、札幌駅の前にはプーチンの巨大な銅像が屹立している。日本語は第二言語として細々と残り、道端にはロシア正教の教会が静かに建ち並ぶ。
土地が奪われたばかりでなく、「歴史」も書き換えられた。教科書に「日露戦争」はない。ただ、僕も小学校一年生だった頃に音読した「おおきなかぶ」だけは変わらなかったようだ。あれがロシアの民話だなんて、その時は知らなかった。冷戦の時代、西側諸国がソ連の文化を遠ざけていたときでさえ、日本の小学生はロシアの物語を無邪気に音読し、「コンビナート」とか「ノルマ」というロシア語を使っていたのは、今にして思えば奇妙な話だ。
分断が起きてから10年くらいして、ある脱北者(北海道からの逃亡者)が教えてくれた。僕の彼女がずっと前に自殺したのだと。
僕に別れを告げることもなく、彼女はこの世界からすっかり消えてしまったのだ。あの夜のパスタの湯気みたいに。
<赤い楽園──「琉九(琉球九州)人民共和国」>
「琉球九州人民共和国」は今、独立国の形を保っているけど、実質的には中国の傀儡だ。何年か前、仕事で一度、那覇を訪れたことがある。
路地を歩いていると、夜の空気が少しだけ湿気を帯びていることに気づく。夏の終わり、九月の匂いだ。どこかでドローンの羽音が響く——まるで遠くの虫が羽を擦り合わせるような、低くて執拗な音。
路地の突き当たりに、古びた自動販売機がぽつんと立っている。昔ならコンドームでもタバコでも売っていたかもしれないけど、今は違う。ディスプレイに簡体字が点滅し、「信用スコア確認」と表示されている。誰も現金なんて使わない。カードをスキャンすると、ピッと小さな音がして、どこか遠くのサーバーに僕の行動が刻まれる。何を買ったか、何時にここを通ったか。スコアは上がるか下がるか、まるで古いパチンコ台の玉みたいに揺れる。誰も教えてくれないけど、スコアが低すぎると、ある朝、誰かがドアをノックしてくるらしい。
市場で、若い女の子が八一軍旗のピンバッジを胸につけていたのを思い出す。あの旗が、かつての米軍基地のフェンスに沿ってずらりと並んでいる。星条旗が消えて、もう何年になるだろう。誰もそのことを口にしない。いや、口にできない。
海の向こうからやってくるのは、貧しい中国内陸部の家族たちだ。彼らは新しい名前と新しいスコアを持って、この島に根を下ろす。政府は言う。「混血は未来だ」と。でも、僕が市場で見たあの女の子の目は、どこか遠くを見ていた。何かを取り戻そうとするように、あるいは、何かを諦めるように。
ホテルでテレビをつけたら、公共放送は標準中国語で流れ、簡体字の字幕が画面の下をゆっくり流れていた。ニュースが話題を変える。「過激思想の摘発が進行中」とアナウンサーが言う。画面には、再教育センターの映像が映る。コンクリートの壁、鉄の扉。行方不明になった古い友人の顔が頭をよぎる。彼はただ、ビールを飲みながら「昔はよかった」と言っただけだったらしい。それがスコアを下げたのか、カメラが彼の言葉を拾ったのか、誰も教えてくれない。
ある人権活動家は、檻の向こうで自分がノーベル平和賞を受賞した話を耳にしたかもしれない。でも、そのメダルは、きっと夜の海に投げ込まれた小石みたいなものだろう。波紋は広がるけど、すぐに消える。
琉九政府は混血を奨励し、たくさんの人たちが貧しい中国内陸部から移住してきて、ゆっくりと漢民族への統合が進んでいる。共同体がやせ細っていたかつての日本とは異なり、この地域では親族を共同体とした共同体がずいぶん復活した。でも、親族の絆が強いこの国では、家族以外の誰かに微笑む人は少ない。昔の日本人らしい「遠慮」や「礼節」は、まるで古いカセットテープの音みたいに、かすれて聞こえなくなった。
ホテルのベランダに出ると、ドローンの羽音がまた聞こえる。空を見上げても、何も見えない。
<アメリカの妾、「大和(ヤマト)合衆国」>
アパートの窓から見える街は、昔と変わらないようでいて、どこか違う。ニュートーキョー・シティ——そんな名前になったのは、いつからだったか。九月の夜、湿った空気がカーテンをそっと揺らす。遠くで、誰かがクラクションを鳴らした。子どもの頃、この街はただの東京だった。
コンビニの前で、若い男がアサルトライフルを肩にかけ、缶コーヒーを飲んでいる。AR18、たしかそんな名前だった。兵役を終えたばかりの彼の目は、どこか虚ろだ。僕が高校生の頃、コンビニの前でたむろするのは、せいぜいタバコを吸う不良だったのに。
バーのカウンターに座ると、セロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」が流れている。バーテンダーがグラスを拭く音が、音楽に溶け込む。隣の席では、白人のビジネスマンが大声で笑っている。彼のネクタイは少し緩んでいて、英語の単語が空気を切り裂く。僕の同僚だった佐藤さんが、去年、昇進を諦めて会社を辞めたことを思い出す。「ガラスの壁だよ」と彼は笑ったけど、目が笑っていなかった。この国で、日本人が上に登るのは、まるで夜の海で星を掴むようなものだ。
テレビの画面が、カウンターの隅で点滅している。皇族のYouTubeチャンネルが映っていて、若い皇族が丁寧な声で何か話している。伝統工芸の紹介らしい。誰も、天皇がただの名前になったことを口にしない。
2036年の南海トラフ地震のことを考える。あの夜、29万人以上の命が消えた。テレビには、アメリカからの支援が「近日到着」と流れたけど、結局、届いたのは古い毛布と期限切れの缶詰だけだった。誰も文句を言わなかった。ペリーの黒船以来、この島の人々は強いものに頭を下げることに慣れている。第二次世界大戦後、対米従属がまるで空気みたいに漂っていたあの時代から、何も変わっていないのかもしれない。バーでビッグマックを頬張る青年たちの笑顔を見ると、ふとそう思う。
こかで、誰かが新しいルールを作り、新しいディールを交わしているのかもしれない。トランプの声が、遠い記憶の中で笑っている。ロシアと中国がこの国を食い荒らそうとしたとき、アメリカが戻ってきた。日米安保を捨てたはずの彼らが、なぜかまたハンドルを握った。でも、それが僕の生活に何を変えたのか、よくわからない。
コーヒーテーブルに、祖母からもらった古い写真がある。東京タワーの前で、家族が笑っている。1960年代、たぶん。そんな時代があったんだな、とぼんやり思う。ビールを飲みながら、モンクのピアノが頭の中で鳴り続ける。「ラウンド・ミッドナイト」。あの曲は、夜の終わりを歌っているのか、それとも始まりを歌っているのか。誰も教えてくれない。いや、教えてくれる人がいたとしても、僕はもう、その答えを聞く気力がないのかもしれない。
<結:かつて“日本”と呼ばれた残響>
九月の夜、窓の外で雨が降っている。細かい、ほとんど音のない雨だ。アパートの部屋には、古い木製のテーブルと、使い込まれたソファがある。テーブルの上の、氷が溶けかけたグラスの中で、琥珀色の液体が揺れる。まるで、誰かがそこに小さな古代の海を閉じ込めたみたいに。部屋の隅では、プレーヤーがマイルス・デイヴィスの「Kind of Blue」を小さく流している。トランペットの音が、雨と混じって、どこか遠くへ消えていく。
ロシアの冷たい風、中国の重い足音、アメリカのネオンのちらつき。それぞれが、地図の上で線を引き、僕たちの住む場所を切り分けた。でも、妙な話だ。一番最初に「日本」を手放したのは、誰でもない、僕たち自身だったのかもしれない。
子どもの頃、母がよく言っていた。「この国は、昔から自分の名前を呟くのが苦手だった」と。テレビでは、知識人たちが「アイデンティティ」とか「自己主張」とか難しい言葉を並べていたけど、僕にはそれが遠い世界の話にしか思えなかった。
キッチンに行って、冷蔵庫からチーズを取り出す。安物のクラッカーに乗せて、ゆっくり噛む。味はしない。いや、味を感じる気力が、僕の中から少しずつ抜け落ちているのかもしれない。絶望が日常になると、人はそれを着慣れたコートみたいに羽織ってしまう。叫びも、抗議も、いつしか遠い記憶になる。ただ、散文的な事実だけが残る。この国は、名前を失った。それ以上でも、それ以下でもない。
目を閉じると、頭の中に架空の街が浮かぶ。路地裏には、古い喫茶店がある。カウンターには、彼女が座っている。クリスマスイブの夜、窓の外には雪が降っていて、彼女は赤いマフラーを巻いている。もちろん、彼女はいない。いや、いたのかもしれないけど、今はもう、どこにもいない。でも、ウイスキーをもう一口飲むと、彼女の声が少しだけ近くなる。
窓の外で、雨が止んだ。夜が、静かに深くなる。どこか遠くで、車のエンジン音が聞こえる。誰かが、この列島のどこかで、新しいルールに従って生きているんだろう。あるいは、僕みたいに、古いレコードを聴きながら、消えた名前をそっと抱きしめているのかもしれない。どちらでもいい。少なくとも、今夜、この部屋の中では、僕は自由だ。
彼女の笑顔。あの赤いマフラー。すべて、どこか遠くの地図の片隅に置き忘れられたみたいだ。でも、目を閉じれば、ほんの一瞬だけ、それらが戻ってくる。架空の街のクリスマス・イヴ、降りしきる雪の中で、彼女はすこし寂しそうに微笑んでいる。